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かずきの勝手なメモ帳。
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もしかしたら自分は作品そのものを作り上げるより面白かったり綺麗だったりする描写がしたいだけなのかもしれない。

まあ、作品を作りたい衝動もあるけど描写がしたい衝動の方が多い。
まあそれが普通な気もするけど。

これって作家より演出家向きってこと?

どちらにせよ作品作りで修行しないとどっちにもなれないでしょうから。
死ぬ気で頑張ろう、死なないから。
大人になろう。
男になろう。
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職業を選択するのではない。
自分の好きなこと、やりたいことがひとつの職業として成り立つように、社会に対してどうにかこうにか認めさせること。

それは世界を自分に都合のいいように作り替えること。
生半可ではいかないが、しんどいと考えるかやり甲斐を感じるかは個人個人。
こういう「どちらか一方の立場」に立った意見がある限り下らない争いは無くなりません。

しかし人間の立場というのは常に自分が中心に立つものであります。

要するに我々が人間であり続ける限り広義であれ狭義であれ戦争は無くならないのです。

それでは恒久の平和を求めるのは無意味なことなのでしょうか?

わたしはNOと答えます。
厳密には一般的な辞書的意味における「平和」とは違った、真の「平和」を追求する必要はあるのです。

真の「平和」とはいったい何なのか。

それが「戦争」であり「闘争」であり「戦闘」なのです。

つまり我々は平和を求める上で戦争を避けて通れない。
この葛藤こそが形而上学のいうところの平和であり、科学的な意味の平和とは違い、これは「愛」を内包しております。

我々は齟齬と闘争を通じてようやく平和と愛を勝ち取れる。
なんとも皮肉なことではありませんか。






…ま、3段落目以降でまかせで書いた日記なんですけどね。



今の俺の状況で寝不足で倒れる。
どれだけ甘いんだ!
といってバイトも劇団も学校もイラストもうっちゃって漫画と企画だけにうちこむ俺!
…なんてかっこよくは行かないんだよね。



どんなドラマを経ようと最終的にやることになるんだから。どっちみち地道にやるしかないんだよね。

人生って大変。
「辛いこともいろいろあったけど、楽しかったからいいや!」

人は何かの出来事に区切りがついたとき、(いかにも)前向きに決着を着けるためにこう結ぶ。


曰く、
「今回の仕事、いろいろ失敗もあったけどやってよかった!」
「今日は会社で嫌なことあったけど、彼氏とデートできたからいいや!」
と。

うむ。
確かにマイナスの後に少しでもプラス要素を見つけて気分を上へ向ける。
一見素晴らしい言葉である。
が。
しかし、だ。

「嫌なこと」という経験は(対人的な場合)だいたい一人でするものではない。

たとえば街で肩がぶつかった。相手はそ知らぬ顔をしている。苛ついた。
こんなこともあるだろう。
しかし相手も多少なりとも嫌な思いをしているのではないだろうか?
そ知らぬ顔をしていたのは振り返って睨み合いたくなかったり既に振り返ったあと(もしくは前)だったりするのでは?

先の例「今回の仕事~」でいえば仕事の失敗では仲間や相手に嫌な思いをさせてはいないか?

その次に挙げた例では職場の仲間は?

といった具合である。



以下絶筆。
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